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法人の基本指針に基づく実践

私たち職員は、法人創設者中城イマ元理事長の4つの信念を基本的な指針としています。
基本的な指針に基づく私たちの実践についてご紹介します。

 

利用者に深い共感をもつ

法人創設者中城イマ元理事長は、1946年に網代母子寮(現網代ホームきずな)を開設する前年に、夫と長男を相次いで亡くしました。1960年に現在の信愛寮の前身の保護施設を開設したときは56歳、1975年に府中市で特別養護老人ホーム第一号となる信愛泉苑を開設したときは71歳でした。つまり自身が母子家庭となって母子寮をつくり、高齢者になって老人ホームをつくりました。そして亡くなる当日の朝まで、泉苑に隣接する小さな部屋で生活し、常にご利用者とともに過ごされました。自分の実感を通して、お母さんや高齢者のつらさや悲しみに深い共感をもって向き合われていました。それは「自分もその立場にいて同化するような共感」であったと坂本巌名誉理事長は話されています。

「利用者に深い共感をもつ」という中城元理事長の信念は、法人の基本指針に位置づけられ、私たちの日々の実践のなかで引き継がれています。

防災訓練本部
開設当初の網代母子寮(1946年頃)
消防署による防災指導
「体験的共感」の中城元理事長
(1992年 緑苑敬老のお祝い)

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地域の方々に感謝する

中城元理事長は自身も母子家庭となりつつも、わが身の悲しみにくれるより目の前の事態に対して自分に何ができるかを看護師・助産師としての活動や関東大震災の救助活動の体験のなかで考え続け、母子寮建設に取り組み始めました。単身で厚生省(当時)や東京都、GHQに乗り込み、援助を求め建物を求めて奔走し、昭和飛行機健民修練場を網代母子寮(現網代ホームきずな)として誕生させることができました。

府中市にきずなの姉妹寮として白鳥寮を開設した際も、近隣の企業の理解を得て大勢のお母さんたちを雇用いただき、また信愛泉苑の建築費用の一部は1973年から18年間に渡り開催されたバザーにおける地域の皆様のご協力の賜物です。

多くの方々の支えがあって、いまの多摩同胞会に至ること。地域のみなさまの理解と協力がなくては「社会福祉」の仕事は成り立たないこと。「地域の方々に感謝を忘れないこと」そしてご利用者のお一人おひとりに対し、また職員同士もお互いに感謝の気持ちをもち「我以外みな我が師」という中城元理事長の信念は、私たちが決して忘れてはいけない基本理念です。

防災訓練本部
大盛況の第3回バザー(1975年)
消防署による防災指導
ボランティア・職員一同で開場前の
打ち合わせ
(前列右端:中城元理事長・
中央:鈴木理事長 1975年頃)

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水、電気などの資源を大切にする

水や電気などの資源は前の世代から引継ぎ、そして後の世代、未来へ引継いでいかなくてはならないという中城元理事長の信念は、生活のなかで徹底されていました。特に水に関しては、浴槽の残り湯は必ず洗濯に使い、洗面器を使って洗顔し、最後はその水を植木の水遣りしていました。いまでこそ一般家庭にも普及した太陽光発電、1975年の信愛泉苑の建設時にまだ開発されていなかった太陽熱の利用を考え、茨城県日立市に研究している会社を訪ねていき、屋上にソーラーパイプを設置し、太陽熱での浴槽での給湯を実現しました(残念ながら経年劣化のため現在は撤去されています)。

しかもただの倹約家ではなく、信愛泉苑の特殊浴槽が空く時間があると、在宅で入浴が難しい高齢者のために利用できないかと考え、入浴サービスに発展しました。この発想は、現在の新調理システムを活かした食の支援という地域公益活動等に引き継がれています。

中城元理事長の徹底にはなかなか至りませんが、現在各施設において節水や節電、リサイクル等資源を大切にするための取り組みが実践されています。

防災訓練本部
泉苑屋上に設置された
太陽熱利用給湯設備(撮影年不詳)
消防署による防災指導
1976年に入浴サービス開始
(1980年)

 

 

常に防災を心がけ火を出さない

中城元理事長の関東大震災や戦災体験をもとに、多摩同胞会では早くから防災対策に取り組んできました。私たちの防災対策の原点は、いまでも泉苑の地下にある80立方メートルの貯水槽にあります。これは府中市武蔵台で事業を開始した1954年当時、周辺には水道水利がなく、もし災害が発生したら水がないために悲惨な状況をもたらすのではないかと強い危機感をもった元理事長が東京都に働きかけ、完成したものです。

こうした中城元理事長の防災への強い信念は、「常に防災を心がけ火を出さない」という多摩同胞会の基本指針の一つとなり、今も全職員に引き継がれています。

防災訓練本部
現在も泉苑に残る貯水槽工事の様子
(1956年)
消防署による防災指導
1960年代から続く月1回の防災訓練
(1978年)

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